事件概要と死刑判決
皆さんは、相模原殺傷事件は記憶に残っていると思います。この事件は、障害者に偏見や差別意識を持ち、しかも元施設職員の男によって犯された残忍な事件であり、いわゆるヘイトクライム(憎悪犯罪)と言われ、全国に大きな衝撃が走った事件でした。
事件概要は、平成28年7月26日未明、神奈川県相模原市所在の知的障害者福祉施設において、元施設職員の男(犯行当時26歳)がガラスを割って侵入し、職員を結束バンドで拘束して身動きがとれないようにし、所持していた刃物で就寝していた入所者19名を次々と刺殺したほか、入所者・職員計26名に重軽傷を負わせた事件です。殺害した人数で言えば、戦後最悪の大量殺人事件でした。
男は、犯行後警察署に出頭して逮捕され、その後殺人罪などで起訴され、横浜地裁で裁判員裁判で審理されましたが、被害の大きさや証拠資料の膨大さなどから公判前整理手続が長期化していました。そして今年に入って初公判が開かれ、その後数回の公判を経て、令和2年3月16日、同地裁で死刑判決が言い渡されました。その後、弁護人が控訴しましたが、被告自身が取り下げたため、死刑判決が確定しています。
この事件は常軌を逸した事件であるため、精神鑑定が行われ、精神障害(自己愛性パーソナリティー障害)があったということですが、裁判では完全責任能力が認められました。
事件は防げなかったのか
<犯行を予告する言動>
男は、施設を退職する前、衆議院議長宛に犯行を予告するような手紙を差し出していました。その手紙には、「職員の少ない夜勤に決行する。職員には致命傷を負わせず、結束バンドで拘束して外部との連絡を取れなくする。」と犯行手口も記載されていました。
そこで施設では、警察からの助言や指導に基づき防犯カメラを設置したり、自主警備を強化するなどしていました。
また、男が職場でも「重度の障害者は安楽死させるべきだ」という趣旨の発言をしたことから、施設側から警察に通報され、そして警察から精神保健福祉法23条に基づく通報が行われ、措置入院の処置がとられました。
その後、医師が危害を加えるおそれがなくなったと診断したため、市が男を退院させましたが、警察には通報していませんでした。
<事前準備>
男は、犯行に使用する柳刃包丁を自宅から持ち出し、ハンマーや結束バンドはホームセンターで購入しています。包丁については切れ味が鈍った場合のことを考えて5本用意するなど、用意周到でした。
そして、ホテルで時間を過ごし、午前2時ごろ、正門付近の警備員室を避け裏口から敷地内に侵入していることから、現場の状況を熟知した行動だったと思われます。
<防犯体制>
この施設では、夜間は東棟、西棟それぞれ職員2人を配置していました。また、警備員も常駐していましたが、午後9時以降は仮眠してよいということになっていたため、侵入に気づかなかったということです。
防犯設備として監視カメラを設置していましたが、常時監視していたわけではなく、また、男が1階窓ガラスを割って侵入していますが、警報装置や警備会社に自動通報するシステムはありませんでした。
<事件はなぜ防げなかったのか>
この事件は予期せぬ犯行ではなく、男の事前の言動等から想定された事件であったと言えます。それに施設をはじめ、警察、市、病院等も男の言動等を把握しています。それなのになぜ防げなかったのでしょうか。なぜ被害をここまで拡大させてしまったのでしょうか。
私は、裁判を傍聴したわけでもなく、事件の詳細についてもよくわかりません。ウィキペディアの出典を読みながら、私なりに気になったところ、疑問に思ったところを挙げてみたいと思います。
まず、この事件の未然防止の観点から考えた場合、施設側にどれだけ危機管理意識があったのか、どれだけ関係機関の連携がとれていたのか、この2点が気にかかります。
私も現役時代、人身安全関連事案を多数取り扱ったことがあります。人身に危害が及ぶような相談を受けた場合は、相談内容、危険の程度や緊急性、相手の属性等によって違いがありますが、とにかくこの手の相談には、身の安全を第一とした対策を行う必要があります。当然、そこには相談者自身の自助努力も求めます。
~自主防犯体制~
施設側の対応で気になる点があります。施設側としては、これだけの大胆な犯行を予測できなかったとしても、「職員が少ない夜勤に決行する。」と犯行を仄めかしている以上、その対策を真剣に講じていたのかが気になります。
施設側が行った事前対策として防犯カメラを設置しています。防犯カメラは設置するだけでも犯罪の予防効果はありますが、未然防止の点から言うと万全ではありません。死角があるし、常時監視していなければ抜け道となります。防犯カメラは犯人特定や証拠化のためには大きな力となりますが、犯罪を防ぐという点では過信は禁物です。
そこで、他の対策を疎かにしていなかったのか、そこが気になります。というのは、まず警備員が21時以降仮眠をとっていたこと、侵入警報や自動通報装置(警備員を配置していたから必要なかったのか?)が設置されていなかったこと、これでは初動対応に支障をきたします。なぜ、警備員の夜間運用の見直しや増員は考えなかったのか、この点が疑問です。
それに職員の訓練や夜間対応について、どのような対策をとっていたのかが気になります。東棟、西棟それぞれの棟に2名ずつ配置していたということですが、有事の際の役割分担や対処方法をどうするのか協議していたのか、侵入者対応訓練はしていたのか、防護器具は備えていたのか、通報訓練はしていたのか、この点が気になるところです。
~関係機関との連携~
この犯人の事前動向については、警察、市、病院がそれぞれ関わっています。衆議院議長宛の手紙が差し出され、警察署の署員が施設を訪問していますが、それぞれが果たす役割についてどのような協議がなされたのか、それぞれの連携はどうなっていたのか、有事の際の通報に関する取り決めはどうしていたのか、これらの点が気になります。
また、男が措置入院となり、その後、医師が危害を加えるおそれがなくなったと判断していますが、その判断は妥当であったのか、その根拠は何なのか、客観性があったのか。
その医師の判断を受けて市が退院させていますが、警察への通知は必要なかったのか、関係機関として引き続き連携する必要はなかったのか、あるとすればそれぞれの役割をどうするのか、それを協議する必要はなかったのかが気になります。
世の中には、独りよがりの考えによって事件を起こす者は現実にいます。人身安全関連事案については、今回の事件のように憎悪犯罪もあるし、嫉妬や腹いせや憤怒や復讐心など、いろんな感情によって犯罪を起こす場合があります。このような犯罪は人の生命に関わる犯罪であるため、そこが怖いところです。
特に弱者を預かる施設が考えなければならないことは、弱者は自分の命を職員に委ねなければ自ら守ることができないということです。今後とも、弱者を狙った犯罪は起こり得ます。弱者を預かる施設としては、危機意識を忘れないこと、日頃の訓練を行うこと、設備の充実を図ること、関係機関等との連携を図ること、これらが相まって初めて弱者の期待に応えられることを肝に銘じるべきです。