• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

グループホーム土砂災害から何を学ぶか

事業の概要

 平成28年8月30日、東北地方を襲った台風10号の豪雨により川が氾濫し、川の近くにある認知症対応型グループホームに増水した濁流が流木や土砂とともに流れ込み、入所者9名が犠牲になりました。
 グループホームは、木造平屋建で、当時9名の入所者と当直職員1名がいましたが、濁流が天井付近まで浸水し、9名のうち8名は施設内で、1名は川に流され死亡していました。職員は濁流に流されながらも物につかまっていたところを救助されています。

被災の経過

 グループホームでは、認知症の症状がある高齢者が職員の見守りや介助を受けながら共同で生活していましたが、入所者のほとんどが自力避難が困難な人たちでした。
 一方、グループホームの隣には、同じ法人が運営する3階建ての介護老人保健施設があり、同施設には約80名の入所者がいましたが、全員3階に避難し、被災を免れました。
 8月30日午前9時に町から避難準備情報が出され、施設管理者はそれを聞いていましたが。避難しませんでした。避難に時間を要する高齢者などは、避難準備情報が出された段階で避難を開始します。しかし、管理者は避難勧告がその意味だと考えており、避難準備の意味が分かっていませんでした。
 その後、町役場から水量の問い合わせがあったため、管理者が午後4時頃に水位を確認しましたが、その段階では避難させなくても大丈夫だと判断し、町役場に赴きその旨伝えました。
 しかし、午後5時半頃に戻ってきたところ、グループホーム駐車場が冠水しており、水位が胸の高さまで達してきたことから、救助することができませんでした。
 この災害では、平成30年3月、被災者遺族側が運営法人に損害賠償を求める訴訟を提起しましたが、和解が成立しています。

増水の危険性

 国や都道府県が管理する河川のうち、流域面積が大きく、洪水により大きな損害が生じる指定河川については、市町村が避難勧告を出す基準水位を予め県が定めておくことになっています。今回氾濫した川は、岩手県が管理する2級河川ですが、指定河川にはなっていませんでした。
 当時の雨量は、8月30日夕刻の1時間に70.5㎜の豪雨となり、8月29日から30日にかけての総雨量は248㎜でした。
 もともとその川の水位は通常60㎝前後でしたが、施設から約4km下流にある観測所では、夕方から水位が上がり始め、午後6時から午後7時の1時間に約2m水位が上昇し、午後8時には最高水位6.61mに達しました。
 町は、台風接近に備え、午前9時に避難準備情報を出しましたが、午後5時20分に氾濫水位(2.5m)になったものの、避難勧告は出しませんでした。
 指定河川であれば氾濫危険情報が発表されるところですが、指定河川ではないため、明確な水位の規定がなかったのです。
 専門家によると、施設付近は谷底平野にあるため、平地幅が狭く、川が氾濫すれば、その氾濫水は高くなる傾向にあったということです。

この災害から何を学ぶか

 高齢者福祉施設から利用者を避難させる場合、ベッドや車イスが必要だったり、健康上の理由から移動そのものが危険を伴ったり、それに多数の職員や装備が必要だったりと大変な作業を伴います。
 管理者の皆様が避難の判断を躊躇するのは、そこがネックになっているからだろうと思います。しかし、避難には手間や時間がかかるからこそ、早めの判断が必要であり、躊躇が命取りになることを肝に銘ずべきです。
 このグループホームでは、管理者が事前に隣の系列施設に避難させておけば、おそらく助かったと思われます。
 岩手県認知症グループホーム協会がヒヤリング調査を実施したところ、避難しなかった施設もあれば、危機感を感じて前日から避難した施設もあり、管理者の判断が明暗を分けたということです。
 この民事裁判では和解が成立したため、裁判官の事実認定は出ておらず、具体的な事実関係はわかりませんが、報道された記事等によって管理過失について考えてみたいと思います。
 まず、管理者にグループホームが水害被害に遭う予見可能性があったかどうか。町は30日午前9時に避難準備情報を出しており、管理者はこの情報を把握していました。避難準備情報は法令の根拠はなく、あくまでも避難困難者に避難を呼びかけるものですから、この時点で川が氾濫し、施設が浸水することを予見できたかは困難だと思われます。
 管理者は、午後4時に川の水位を確認していますが、その際、氾濫するまで20㎝ほどあり、これまでの経験から避難させなくても大丈夫だと判断したということです。しかし、ここで管理者が注意義務を尽くしたのかどうか考えてみたいと思います。
 弱者を抱える施設管理者は通常人よりも重い注意義務が課せられています。この管理者が川を見に行ったとき、猛烈な雨が降り注いでいるのを見ているはずです。川が濁っていたり、上流の木々が急流で流されているのを見たかもしれません。全国の川の氾濫事例では短時間で増水することが知られているし、その知見はあるはずです。
 この付近には堤防がありません。施設までの距離も遠くありません。こういう状況があれば、川が氾濫し、その氾濫水が施設にたどり着く危険性を予見できたと認定される可能性があります。
 午後5時30分に施設が浸水し始めていることを考えれば、午後4時の時点で避難を判断し、隣の介護老人保健施設の職員等を使い、その施設に9名の入所者を避難させることは可能です。
 現場を見たわけでもなく、資料を読んでの判断ですから、私見となりますが、各地で災害をもたらしたこの台風に対し、管理者が危機感を持って取り組んでいれば、防げた事故だと思います。
 自然災害は歴史から学ぶことが必要です。自分たちの土地がどのような経緯を辿って現在に至ったのか。山間部を開いたものか、埋め立てたものか。切土なのか盛り土なのか。扇状地なのか谷底平野なのかなど。その違いによってどのような危険があるかを予測できます。
 また過去の教訓に学ぶことも必要です。氾濫した川は、1時間に2m水位が上がっていますが、過去には5m上がった例もあります。過去の事例に学ぶことはそれだけ判断材料を持つことになります。
 また実際に目で確認することも大切です。私が経験した長崎大水害の雨粒は異常な大きさでした。ピンポン玉と言えば大げさになりますが、それに近いような大きさでした。あんな雨粒は後にも先にも見たことがありません。そのときは何かしら不吉な予感を感じました。実際に目で見たものは直感力を働かせます。
 
 
 
 
 
 
  

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