「近村さ~ん」耳元で私を呼ぶ声がした。
「呼び出しだ」私はそう思い、すぐに上半身を起こした。事件は時と場所を選ばない。いくら就寝中でも、呼び出しがあれば跳ね起きて現場に向かう、それが刑事の宿命だ。今度は何の事件だろうか、現場はどこだろうか、そんなことを考えながら、とにかく先を急ごうと思った。
「ん? ここはどこだ?」目を覚ました私は見覚えがないところにいた。上半身を押さえられている。状況が呑み込めない。
「近村さん、動いたらダメよ」看護師さんからそう言われ、はっと我に返った。私の名を呼んだのは、手術が終わったという告知だった。そうか、俺は手術をしていたんだ・・・。
7月5日に股関節人口骨置換術の手術を受けたが、これはその手術室での出来事だ。全身麻酔をし、すぐに眠りに落ちた。その約2時間後、私の耳に聞こえてきたのが冒頭の呼びかけだったのだ。
「事件と勘違いしたばい」照れながらそう言うと、執刀医も看護師さんも笑っていた。一人の看護師さんから「職業病やね」と揶揄された。
私が長崎県警察を定年退職し、今年で7年目を迎える。事件や事故の呼び出しから解放され、緊急車両のサイレンも気にならなくなるなど、すっかり刑事の垢も抜けてしまったと思っていたが、それは表面上だったのかもしれない。いくら時が経っても、刑事としての矜持は身に沁みついていたのだろう。看護師さんから指摘されたとおり、これが職業病なのかと思ってしまう。
また、その看護師さんは「近村さんのように、術後に呼びかけたとき起き上がるのは、警察官、消防士、自衛隊、そういう方たちですよ」とも教えてくれた。私は「へぇ~そうですか」と答えながら、なるほどね、とつい頷いてしまった。