• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

単身生活

何年ぶりだろう。最後は対馬に単身赴任したとき以来だから7年ぶりか。何のことかといえば、単身生活のことである。その理由は家内が入院しているからだ。単身生活となって約一月。家事、炊事、その他諸々、仕事の傍ら一人でやっているわけだが、7年のブランクが大きくのしかかっている。

その中で頭を悩ませているのが料理である。単身赴任していたときは、「コンビニ」や「ほっともっと」もない過疎地にいたから、手料理をつくるしかなかった。1店舗しかないスーパーで食材を買い、いろいろな料理に挑戦した。昼の弁当も自前だった。釣りにも行き、刺身や焼き物、フライ等をつくっていた。

あれから7年、料理のつくり方をすっかり忘れてしまっている。その間、家内に任せきりにし、何もしてこなかったつけが回ってきている。それ以上に困ったことが、何がどこにあるのか、それがさっぱりわからないということだ。台所用品がどこにあるのか、ゴミの出し方はどうするのか、貴重品はどこにあるのか、洗濯はどうするのか、買い物カードはどういう使い方をするのか・・等々、わからないことだらけだ。

ただ、助かったことはSNSを利用することができること。わからなければ家内に訊くしかない。電話せずとも、ラインで遣り取りできるからその点は助かる。「醤油がなくなったとばってん、替えの醤油はどこにあると? 空き缶はどこに出せばよかと?」一事が万事、こんな調子で家内に訊いている。情けないことにこれが現実だ。今回は、家内が入院することがわかっていたから、入院前にある程度のことは教えてもらっていた。しかし、それはほんの一部であり、現実の生活では「?」ばかりだ。

東日本大震災が発生し、現地の人々から聞いたことは「当たり前に感謝」という言葉だった。平時では気にも止めなかったことが、全てを失ってしまうとそれをひしひしと感じたということだった。「当たり前」の反対語は「有難し」である。つまり「有難し」は「ありがとう」という感謝の気持ちに通じるのである。些細なことではあるが、今、それをひしひしと感じている。

 

 

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