近年の医学の進歩により、病気や事故等によって死期が迫っている場合でも、助かることが増えている。しかし、いくら助かったとしても、遷延的意識障害(いわゆる植物状態)になり、死期を延ばすだけの治療を行っていることもある。
本人は、生前、延命措置は望まず、自然に死にたいと思っていたとしても、それを文書化していなければ、家族が本人に代わって決断を下すことは容易ではなく、しかも過去には、医師が選択した安楽死が殺人罪に問われたケースもあり、本人以外の者には、なかなか尊厳死の選択に踏み込めないのが実情である。
このような場合に備え、延命治療を施すことなく死を迎えさせてほしいという希望を記した公正証書を作成しておくことが必要となる。いわゆる尊厳死宣言公正証書である。この公正証書は、公証人が直接体験した事実、つまり嘱託人がそのように述べたという事実を公正証書にするものであり、これを事実実験公正証書という。遺言は遺言者の死亡によって効力が発生するため、生存中の延命治療の中止を内容とする尊厳死宣言を遺言ではできない。
それでは、延命措置を中止(尊厳死)する要件としてどのようなものが必要か。大方の意見の一致を見ているのは、医学的知見により不治の状態にあり、死期が迫っており、延命治療が人工的に死期を引き延ばすだけという状態にあるということ。この状態を2名以上の医師で判断することが必要とされている。
従って、証書に記載する内容としては、上記の要件の外に、嘱託人の家族や医師が刑事責任や民事責任を追及されることがないことの文言や嘱託人が健全なときにしたもので、嘱託人自身が破棄するか、又は撤回する書面を作成しない限り有効であることの文言を盛り込むことも必要となる。
また、公正証書遺言には2人以上の証人の立会いが必要(民法969条1号)であるが、尊厳死宣言公正証書にはそのような規定がないため、嘱託人のみで作成はできる。しかし、嘱託者本人が医師に当該証書を交付することができないときのことを考慮し、家族を立会いとして公正証書を作成しておき、本人に代わって医師に交付することができるようにしておくことが有効だと言える。