• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

コロナ禍の成人式

式典中止やオンライン開催

全国的に新型コロナウイルスの感染者数が急増し、一部の都県では緊急事態宣言が再発令された中で、令和3年の「成人式の日」を迎えました。今年は式典を中止した自治体がある一方、式典開催に踏み切った自治体、オンラインや屋外での開催に切り替えた自治体、式典を延期した自治体など、各自治体によって多種多様でした。

式典を開催した自治体では、当然感染防止対策を徹底して臨んでいますが、特に緊急事態宣言下の東京都では、23区のうち唯一開催した杉並区が注目を浴びました。分散型ではあったにしろ、開催を決意した区長の思い入れは並々ならぬものがあったと思います。

例年ならば、新成人は生まれ育った故郷に帰り、一生に一度しかない成人式に臨むのを楽しみにしていたのでしょうが、それが実現できなかった新成人や親御さんはさぞや悔しかったと思います。成人式に参加できた新成人が、インタビューの中で「開催は嬉しいが、式典に参加できなかった人のことを思うと・・・」と複雑な心境を語っていたのが印象的でした。

それどころじゃない新成人もいる

ところが、成人式どころではない新成人がいるのも現実です。大学に進学し、親の助けを借りずにアルバイトで学費や生活費を稼いでいる新成人もいますが、このコロナ禍でアルバイトを失い、学費も払えず、学校を辞めざるを得ない深刻な問題を抱えた人がいます。

親が失業したり、本人自身が職を失ったりし、明日の食事にも困っている新成人もいます。このコロナ禍によって、人生そのものに大きな試練や苦しみ、悲しみを与えられている新成人も大勢いるのです。その人たちにとっては、着飾って式典に参加し、旧友たちと喜びを分かち合うどころではないでしょう。

成人になる意味

成人式は大人になったことを自覚し、自らの力で生きぬこうとする青年を励ますことを趣旨としています。逆に言えば、大人としての責任感、自力で人生を切り開く行動力、素直に人に感謝できる心を持たなければ、大人とは見做されません。

これまでの全国の成人式を見ると、飲酒の上、迷惑千万な行為をする者が参加した成人式もありました。あのような行為をする者はもはや成人とは呼べず、責任感や自律など微塵も感じられません。甘えの構造から抜けきれない者が参加する成人式など、開催する必要があるのかとさえ思います。

新成人が人生の節目の1ページとして記憶や記録に残すためだけに成人式に参加するという人もいるでしょう。もし、成人としての自覚を持たせるのが成人式の役目だとするならば、今日のように自治体が主催する形式だけの式典はもはや意味がないのかもしれません。

このコロナ禍の中で成人式を開催した自治体の場合、3蜜を避けるために会場を分けたり、分散型にするために回数を増やしているのを見ると、改めて機械的で形式的な感じがしてしまいます。

今では新成人が式典そのものを企画立案をするなど、自ら主体的に取り組むような新たな形も生まれています。もし、形式にとらわれない式典にした場合、普段着のままでいいとなれば、晴れ着を借りることができない人やスーツを買えない人の参加も考えられます。

もうそろそろ古いやり方から脱却する必要があるのかもしれません。もしかしたら、このコロナは新たな気づきを与えたのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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