• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

緊急時に求められる決断力

迷いはつきもの

組織の上に立てば、いろいろな局面で決断力が求められます。その下した決断が組織の命運を左右することさえあります。最終的にどうするかを決断するのは上に立つ人の宿命ですから、結果についても責任を負うことになります。

しかし、誰も将来についてはっきりと予測はできません。いざというときの決断を迫られたとき、恐らく迷いが生じると思います。それも選択肢があればあるほど迷いは強くなるでしょう。

もちろん、いくつも経験を積み、自分の中に確固たる信念を持っている人は「これだ」と即断できるでしょうが、そう簡単にいかないのが現実ではないでしょうか。いつまで経っても決断を下せないということだってあるかもしれません。

迷いがあっても考える猶予があったり、部下や周囲の意見を聞く場合は熟慮してもいいのでしょうが、いざ人の命に係わるものとなれば別です。

自然災害の発生が予測されるとき、その災害の危険が現実に及ぶのか及ぼないのかわからない場合、「避難するのか」「避難しないのか」という2択の場合はどうでしょうか。高齢者や子供、障害者等のいわゆる避難弱者を抱える施設の長はどう決断を下すのか。

これは危機管理の問題になってきますが、この場合、いつまで経っても決断を下さないというわけにはいかないのです。もし機を逸した場合、助かる命も助からないという結果に繋がりかねません。瞬時の判断が求められることになります。

なぜ迷うのか

これまで高齢者施設が災害に襲われ、犠牲者を出した事例はいくつかあります。最近では、昨年7月、集中豪雨により球磨川が氾濫し、その氾濫水が特別養護老人ホームに押し寄せ、14名の入所者が死亡した事例がありました。

犠牲者が出たのは、避難しなかったり若しくは避難が遅れたのが原因です。それでは何故避難しなかったり、避難が遅れるのでしょうか。それはとりもなおさず責任ある者の決断にかかってくると言えるのです。

避難弱者を抱える施設では、関係法規によって避難マニュアル(避難確保計画等)を作成することが義務付けられています。そのマニュアルでは、例えば水害の危険が予測される場所に立地する施設では、集中豪雨があった際、避難を開始する判断基準として「避難準備・高齢者等避難開始情報」が発令されたときを目安にしています。

ところが、犠牲者が出た高齢者施設では既に避難開始情報が発令されているのに避難行動をとっていません。マニュアルには避難の目安を決めているのにそれを実行しないのは何故でしょうか。

災害時に適宜・適切な避難行動をがとれるのはマニュアルがあるからです。人は緊急時において咄嗟の判断や行動を行うことはなかなかできません。そのためにあらかじめマニュアルに判断基準や行動指針、要領等を定め、それを職員間に浸透させておくのです。

しかし、いくら立派なマニュアルを作成していても、それが生かさなければ何にもなりません。そのマニュアルを生かすことができるかどうかは責任ある人の決断力にかかっているのです。

では何故避難を躊躇するのか。それにはいろいろ理由があるかと思いますが、避難するのにもリスクが伴うことを考えるからではないでしょうか。入所高齢者の中には寝たきりの方や車イスでしか移動できない方、基礎疾患のある方など、移動することが困難を極めたり、リスクを伴うことがあります。

それに避難先が遠方だったり、福祉避難所がない場合もあります。介助職員が不足したり、移動手段が少ないこともあり、地域の援助を求めなければならない場合もあります。

それに気象は水物で、大雨洪水警報が発表されたり、避難準備・高齢者等避難開始情報が発令されたとしても、蓋を開けてみれば大きな被害は発生しなかったということはいくらでもあります。

このように施設の内情や予報の空振りがあるため、ここに避難を躊躇する理由があるのだと思います。そして実際に被災した施設関係者が「まさかこんな被害に遭うとは!」「自然をなめていた!」と述懐しているように、一番の問題点は、過去一度も被害を受けていないという自分本位の解釈や評価から、被害を想定していないことです。

決断するには

前職のとき、決断が速い上司がいました。判断する材料、情報が乏しい中でも、急ぐ場合は躊躇しませんでした。何故そんなことができたのか。その上司の口癖は「お前たちはどこに立ち位置があるのか?」と基本姿勢を問うものでした。

要件が揃っていないとか、前例がないとか、マイナス面を考えると躊躇してしまいがちですが、基本姿勢をしっかり持てば、迷うことはないということを言いたかったのです。

警察という仕事の原点は被害者を守ることです。そこが警察官の立ち位置です。組織のことや保身のことを先に考えるようであれば行動が制限されてしまいます。そんなことを考える上司になってはいけないのです。

避難弱者を抱える施設経営者についても同様のことが言えるかもしれません。避難弱者は自分の命は施設に委ねるしか守る手立てがありません。逆に言えば、施設を運営する者の立ち位置は入所者を守ることにあります。

避難しなかったり若しくは避難が遅れて犠牲者が出れば取り返しのつかないことになってしまいます。避難の決断を下して命が助かれば、いくら施設が被害を受けたとしても再興は可能です。施設経営者はそのことをよく考えておくべきです。

災害対応をするに当たっては、希望的観測は捨てること、最悪を想定すること、これを肝に銘じ、例え弱者を避難させることによって多少のリスクがあったとしても、空振りに終わったとしても、避難行動に過大な労力を伴ったとしても、危険を感じるようであれば、信念を持ち、勇気をもって避難の決断を下すべきです。決断するということは肚をくくることなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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