• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

マスターの粋な計らい

マスターとの出会い

今から10年前、五島に単身赴任していたときのことです。単身赴任をしていると、毎夕の献立を考えなければならず、面倒くさがりの私は、仕事が遅くまでかかったときや夕ご飯の用意をしたくないときには、外食で済ませることがよくありました。

それに私は酒好きでしたから、給料日ともなれば赤ちょうちんの暖簾をくぐるのを楽しみにしていました。五島は漁業が盛んな街でしたから、居酒屋に立ち寄り新鮮な海の幸を肴に焼酎を飲むのを楽しみにしていました。それが至福のひとときでした。

ある日の仕事帰り、目に止まった居酒屋に入り、カウンターに座りました。その店は初めてでしたが、マスターが一見客の私の話相手をしてくれました。そのマスターは髭を貯え、いかにもカントリー・ウエスタン調の渋い感じがしましたが、大変気さくな方でした。

私が自己紹介も兼ねて上五島出身であることを告げると、マスターには仲がいい上五島出身の友人がいることがわかり、何とその友人が私の高校時代の友達であったという縁で、そのマスターの店には定期的に通うようになりました。

給料日になると店を訪れ、いつもと同じカウンターに座り、マスターといろんな話をしました。そこには単身の寂しさや仕事の疲れを忘れさせる楽しい空間がありました。そして時が経ち、私の転勤が決まりました。僅か1年間の五島勤務でしたが、私は転勤の挨拶を兼ねてマスターの店を訪れることにしました。

テレビの中のK君

いつも通りにカウンターに座り、転勤が決まったことをマスターに告げました。マスターは、「おー、そうか。良かったな。」と本土への転勤を喜んでくれました。マスターらしい温もりのある言葉でした。そして、この日もいつもと同じようにマスターが私の話し相手をしてくれました。

この日私は、前日にテレビで見た番組のことを話しました。私はたまたまその番組を目にしたのですが、それは「おやじバトル」という番組でした。バンド活動をしている50歳以上の親父たちがその腕前を競うものでした。

九州各県の代表が九州一を目指して自分たちの歌と音楽を披露していました。長年バンド活動をしているだけあってプロ顔負けの技術でした。中には頭髪が薄かったり、白くなったり、腹が出ていた人もいましたが、楽器を奏でる姿はとても格好よく見えました。

長崎県代表が登場したときにはさらに釘付けになってしまいました。そこには高校の同級生だったK君が出ていたのです。そのK君とは高校以来会っていませんが、テレビに映る姿はすっかり親父の姿になってはいたものの、面影は残っていました。

このK君は高校時代からギターが得意でした。今でもその特技を生かして活躍しているK君に感銘を受けました。そして高校時代の記憶を思い出させてくれました。

高校時代、昼休みになると学生寮に行き、そこでK君や仲間が弾くギターを聞いていました。学校を抜け出して仲間と遊ぶ、それがいっぱしの恰好付けでした。ちょい悪への背伸びをしていた時代でもありました。当時は流行っていたグループサウンズの歌をK君たちの弾き語りと一緒に口ずさんでいました。

そのとき私もK君たちからギターを借り、演奏に挑戦してみました。挑戦したのは「禁じられた遊び」という名曲でした。K君たちが弾くその音色にすっかり魅了されていました。私もいつかはこんな曲をスムーズに弾いてみたいという希望が湧いてきました。しかし、ちょっとの練習だけでマスターできるほど甘くはありません。

そのときは自分のギターがほしいと正直思いました。それはかなわぬ夢でした。我が家にギターを買える余裕などありませんでした。そのときばかりは、自分のギターを持てるK君たちを羨ましく思いました。

高校を卒業し、このおやじバトルで久しぶりにK君の演奏を聴きました。親父になっても青春を謳歌しているK君が眩しく見えました。自分の人生を楽しんでいるK君を羨ましく思いました。高校以来ギターのことはすっかり忘れていた私でしたが、テレビでK君の姿を見て、何かしら自分の中に燃えてくるものがありました。

これ持っていけ

この一連の話をマスターにしてみました。するとマスターが厨房に行き、すぐに戻ってきたのですが、その手にはギターがぶら下がっていました。

マスターは、「ほら、これ持っていけ。」と言ってそのギターをテーブル上に置き、ニコッと微笑みかけました。このとき初めてマスターが音楽活動をしていたことを知りました。五島にUターンする前までバンド活動をしていたことを語ってくれました。そのギターはマスターが使っていたものです。

マスターの髭やカントリー・ウエスタン調はその名残だったのだと理解しました。ギターはマスターからの餞別となりました。金では決して計られない大切なギターでした。そのマスターの粋な計らいに感動し、つい熱いものがこみ上げてきました。

五島を離れ、自宅に戻るとさっそくギターの教本を買い、暫く一人で練習をしてみました。ギター教室にも通ってみたいと思い、どこがいいか探してみたこともありました。しかし、仕事が忙しくなり、いつしかギターから離れていました。

警察を定年退職し、新たに行政書士の道を歩むことにしましたが、まだまだ仕事中心の生活が続きそうです。しかし、いつかは自分の時間をつくり、おやじバトルのような人生を謳歌する格好いい親父たちに一歩でも近づけるよう、まずはギターの弾き語りができる自分を目指したいと思っています。

 

 

 

 

 

 

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