長男に娘が授かる
昨日(令和2年12月15日)午後3時49分、長男に第一子が誕生しました。3528gもある立派な女の子です。私にとって初孫です。長男からラインで写真が送られてきたのですが、写真だけではなかなか実感がわきません。
早く見てみたいという気持ちはありますが、病院側によると、現在のコロナ禍で夫側の両親は面会ができないことになっているそうです。これは致し方ないことであり、家内とは退院後もしばらく様子をみようと話しましたので、初孫に会う機会はまだまだ先になりそうです。
「デレデレじいじ」になるのか
既に孫がいる仲間はたくさんいますが、口を揃えて言うのが、孫から「じいじ」と呼ばれているということでした。「孫はかわいかな~。」というのがみんなの口癖です。中には、「わが子のときよりもかわいか‼」と言う奴もいます。孫のことになると、嬉しそうに話す仲間を見ると、孫の前では「デレデレじいじ」になっていることが容易に想像できます。羨ましくもあり、ときには嫉妬心もありました。
早くそう呼ばれてみたいという気持ちは確かにあります。そのとき、自分自身もデレデレになるのかと思うと、なんだか幸せな気分になってきます。言葉をしゃべるのはまだ先のことですが、それが実現するのが待ち遠しい気分です。
長男の誕生エピソード
長男も一児の親になってしまいましたが、28年前、長男が誕生する前のことを思い出します。そのときは幼い長女と次女がいたのですが、私の誕生日にこの娘たちから靴下のプレゼントをもらいました。家内が買ってやったものですが、娘がたどたどしい言葉で「お父さん、お誕生日おめでとう。はい、プレゼント」と言って渡されました。
すると今度は家内が正座し、神妙な顔になって「私もプレゼントがある。」と言ったのです。急に改まったものですから、私は一瞬戸惑いました。しかし、プレゼントがあると言いながら、手には何も持っていません。
真剣な様子の家内の目を見ると、涙が溢れています。どうしたんだろうとつい身構えてしまいました。すると家内が「男の子ができた。」とポツリと言ったのです。それが家内のプレゼントでした。
昔は、家制度に縛られていた時代がありました。しかしその制度も既に戦後に終焉を迎えています。今の時代は、選択的夫婦別姓制度の導入の是非が議論されるなど、新たな家族のあり方が問われている時代です。これからは益々多様化が進んでいくものと思っています。
しかし、私が若い頃、まだ長男の役割という考え方が残っていました。私は7人きょうだいですが、男は私だけです。幼いころから長男として大事にされた部分もありましたが、長男の役割を躾けられたことも多々ありました。田舎にはまだ古い考えが横行していたことが確かにありました。
男一人ですから、後継ぎのことはよく言われました。私も知らず知らずのうちに「男の子ができなかったら近村家が絶えてしまう。」ということを考えるようになっていたのです。
家内と結婚し、最初の子はどちらでもいいと思っていました。元気で生まれてくればそれだけでいいという気持ちでした。暫くして長女が生まれ、その2年後には次女が生まれました。ところが、家内に対しては何気なく「男の子がほしいな。」と言うようになっていたのです。
私ばかりでなく、実家に帰ればお袋や叔父・叔母たちから「今度は男の子をつくらんばたい。」と言われていました。家内も昭和の女ですから、古い考えも理解しているところがあります。しかし、この問題に関しては、家内には大きなプレッシャーがかかっていたのです。
正座した家内から事の顛末を聞きました。プレッシャーがかかっていたのは事実でした。私や親族の何気ない言葉がプレッシャーとなって圧し掛かっていたのです。私はそこまで家内が苦労していたことを知りませんでした。同時に自分の鈍感さと浅はかさに気づかされました。
子供を身ごもり、分娩するまで大変な思いをするのに、それでも私や親族の要望に応えようと一人で悩み、つらい思いをしていたのがわかりました。そんな家内に待望の男の子が授かりました。家内の涙は、辛かった思いと夢が実現できたという思いが交錯し、溜まっていたものが一気に噴き出したのです。そのときは私も心を打たれ、涙してしまいました。誕生日に尊いプレゼントをくれた家内には本当に感謝です。
長男の第一子は女の子ですが、どうも女系の流れを持つDNAが継承されているよう気がしています。現代の若者ですから、家系とか後継ぎなどという古い考えはないと思いますが、「じじ、ばば」としては長男夫婦をそっと見守るだけです。