修学旅行先が海外の時代
今年は新型コロナウイルスの感染拡大によって自粛ムードに陥り、これまで当たり前にように行われていた活動が停滞してしまいました。この活動自粛は子供たちの学校現場にも及び、各種スポーツやイベントが軒並み中止に追い込まれました。当然、修学旅行も例外ではなく、子供たちにとって青春を謳歌できなかった1年になったのではないでしょうか。
修学旅行と言えば、思い出すことがあります。家族の話になりますが、娘や息子たちが学生だった十数年前、通学していた高校の修学旅行先は海外でした。確か、長女の旅行先はハワイで、長男の旅行先はシンガポールだったと記憶しています。二人とも別々の私立高校でしたが、県立高校に通学した次女の旅行先だけが国内でした。
当時の私は単身赴任が多く、ときおり自宅に帰っても子供たちと会話をすることがなく、それに学校行事に参加したこともなかったため、子供たちの様子は家内から聞くしかありませんでした。
ある日、家内から長女が修学旅行に行くことを教えてもらいました。私は、てっきり旅行先は関東か関西方面だろうと思っていたのですが、家内は「ハワイに行くよ。」と淡々と言うのです。その大したことでもないような言い方に私は唖然としました。
「え、修学旅行がハワイ?」「いつからそういう時代になった?」何も知らなかった私は世代間の違いをまざまざと見せつけられたような感じになりました。就学旅行先が外国というのは珍しくないということも教えてもらいました。
何だか浦島太郎のような気分でした。時代が変わった、そう思いました。親が外国旅行もしたことがないのに、子供が先に外国に行けるなんて、そんなことを考えると羨ましく思いました。
そして家内に「俺が高校のときは貧乏で修学旅行も行けなかった。」とつい愚痴をこぼしてみたところ、「子供の前でそんなことを言いなさんなよ。」と強く窘められました。どうも私は時代を倒錯していたようです。
それから次女の修学旅行は飛騨高山だったと思います。それもスキーが組み込まれているらしく、スポーツ好きの次女としては外国よりもその方が気に入っていたようです。そのときも私は「修学旅行でスキー?」と思ってしまいました。
末っ子の長男はシンガポールでした。マーライオンをバックにして長男が写っている写真を見せられたときはカルチャーショックを受けてしまいました。正直、子供から越されてしまったと思ったくらいです。
行けなかった修学旅行
家内から昔のことは言うなと釘をさされていたため、子供たちに修学旅行に行けなかったことは話したことがありません。ただ、当時の娘や息子に対し、当たり前のように行くことができた修学旅行にも、その裏には旅行に行けない恵まれない子供たちがいることを知ってもらいたいという気持ちがありました。
警察官という仕事を通じ、恵まれない子供たちを見てきただけに、私としては人の気持ちがわかってやれる大人に育ってほしいという気持ちがあったのは確かです。
高校生のとき、クラスの修学旅行先は関東方面だったと思います。3泊4日の日程だったと記憶していますが、その間は当然休校になりますので、少しでも家族の生活の足しになればと思い、土木作業のアルバイトをしました。
両親と子供7人の家庭で育ち、子供ながらにも父の稼ぎだけでは生活するのが精一杯だということはわかっていました。小学校、中学校だけは修学旅行に行かせてもらいましたが、高校ではそれがかないませんでした。修学旅行に行きたいと思うことは憚れることでした。
修学旅行に行けるクラスのみんなを羨ましく思ったことも正直ありましたが、それを思っても仕方のないことでした。当時、よく祖母から「上を見てもきりがない、下を見てもきりがない。」と教えられていました。周りには高校にも行けなかった友人もいましたから、私なんか幸せな方だと思うことができました。
あれから時が経ち、自分がかなわなかった修学旅行を娘や息子が当たり前のようにできたことに感慨深いものがあります。その娘や息子も社会人になってしまいましたが、いつかは家内と二人で外国旅行をしてみたいなという夢を持っています。