• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

六根清浄(ろっこんしょうじょう)

念願の滝行

私は、2年前、人生で初めての「車中泊」と「滝行」を経験することができました。車中泊については以前のブログで、家内と一緒に8泊9日の九州一周の旅をしたことについて紹介しましたが、今回は滝行について紹介したいと思います。

その滝行は、2年前の寒さが増してきた11月に行いました。福岡県粕屋郡篠栗町にある八十八か所霊場の一つに数えられる寺院で経験したのですが、そこを選んだのはインターネットで検索し、条件に合致したというのが理由です。

篠栗町で知っているのは涅槃像くらいで、そこに行くのも初めてでしたし、実を言いますと八十八か所巡りで有名であることさえ知りませんでした。滝行をしようと決意し、いろいろとインターネットで調べていくうち、篠栗町のお遍路を知るに至ったというのが本音です。

ここで篠栗町のお遍路について簡単に紹介してみます。篠栗町は、9世紀に唐から帰朝した空海(弘法大師)が修法した土地で、1854年、その霊験あらたかな土壌に尼僧慈忍が八十八か所の霊場を整えられたということです。

四国と同じく八十八か所全てを巡ると願いが叶うと言われ、私が訪れたときも、年配の方々が白装束に身を包み、杖をついて札所を巡っている姿をよく目にしました。

この滝行をやろうと決めたのは、警察を定年退職したのがきっかけでした。現役時代は休みもとれず、県外に旅行することもかなわず、仕事一辺倒で人生を送ってきた感がありました。日々生起する事件・事故に追われ、他のことを考える余裕もなく、37年間の警察人生をただただ突っ走ってきたと思います。

そして定年退職を迎え、そんな境遇から解放されたのですが、実は退職後に気づかされたことがありました。どんなに忙しかろうが、どんなに悩もうが、自分の好きな仕事、やりがいのある仕事に取り組めることがどれだけ幸せなことかを改めて気づかされたのです。

残りの人生、どのように生きていこうかと考えたとき、なかなかその答えは見つかりませんでした。ただ、このまま無為に歳を重ねることだけはしたくはないという思いがあり、その答えを見つけ出すには、静かに自分と向き合う時間が必要でした。

そんなことを考えているとき、元広島東洋カープの新井貴浩選手が現役のときに護摩行を行っていたことを思い出しました。護摩壇の高熱の炎に晒されながら、顔中真っ赤になってお経を唱えている姿が放映されていましたが、そんな新井選手が護摩行で何を得ているのか興味がありました。

そして私も何かに願掛けをするのではなく、行を経験することによって自分と向き合うことができるのではないかと考えました。滝行には以前から興味がありました。厳冬の中で修験者が滝にあたっている姿をテレビで見たとき、何かに惹きつけられるものを感じていました。そのときから一度はやってみたいという思いがありました。

新井選手のことを思い出し、すぐにインターネットで滝行ができるところを探したところ、安近短の条件が揃ったのが篠栗町だったということです。そこで最初に電話をかけた先の住職から「明日にでもすぐに来なさい。」と言われ、その住職の指導で念願の滝行に挑戦するすることになりました。

六根清浄

その住職は気さくな方で、控室で面白い話もいろいろとしていただき、滝行に対する厳粛な気持ちになっていた私を和ましてくれました。しかし、さすがに白装束に着替えたときには身が引き締まる思いになりました。

滝は二つあって、入る順番やその諸法も決まっており、厳格に守る必要があります。現場でその要領を確認し、まず住職が見本を示された後、いよいよ滝行に臨むことになりました。住職の説明では時間は決まっておらず、やめたいときにやめていいということでした。

しかし、そのときの私は限界までやってみようという気持ちになっていました。寒さが厳しさを増していた時期でもありましたが、滝行によって何か得られるものがあるのではないかという思いがあり、中途半端なことだけはしないようにと考えていたのです。

滝に入ると、水の冷たさが一気に襲ってきました。最初は体の震えを抑えることができず、それでもひたすら「六根清浄」という言葉を唱え続けました。この「六根清浄」という言葉はこの滝行で初めて知ったものです。

住職の説明では、「六根」とは私欲や煩悩、迷いを引き起こす目、耳、鼻、舌、身、意の器官をいい、「清浄」とはその私欲や煩悩から遠ざかり、清らかな境地になること、つまり「六根清浄」を唱えることによって欲や迷いを断ち切って、心身が清らかになるということでした。

すると段々と水の冷たさを感じなくなり、体の震えも止まり、何も考えない不思議な世界観に包まれました。表現するのは難しいのですが、「無」の境地といいますか、これまで経験したことがない感覚を味わうことができました。

そして目を開け、住職に終了することを告げたときは30分が経過していました。そのときは清々しさとすっきりした気分になっていました。自分に向き合うとは何も考えないことでもあるのだということにも気づかされました。これが滝行から得られたことだと思います。

滝行を経験し、今後のことを考えたのは自宅に帰ってからのことです。自分の人生、やりたいことをやろうと決めました。警察官として世のため、人のために頑張ってきましたが、それは自分が望んできたことです。残りの人生も微力ながら人の役に立ちたい、そんな気持ちなって行政書士の道を歩むことにしたのです。

 

 

 

 

 

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