自然災害でも損害賠償責任が問われる時代
わが国は、世界各国と比べ、気象、地形、地質などの条件から、地震、津波、台風、豪雨、火山噴火、土砂災害などの災害が起こりやすく、これまで毎年のようにどこかの地域で大きな災害が発生しています。
災害の多い国土に暮らす私たちにとって、防災については日頃から考えておかなければならない問題です。絶対安全という神話はどこにもないということを一人ひとりが肝に銘じておく必要があります。
ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入れば、一方の当事者が相手方の安全を確保する義務を負います。つまり、在園・就学契約、雇用契約、介護サービス利用契約等に基づいて、園児・児童、高齢者、会社員等の生命・身体を保護する義務を負うということです。いわゆる安全配慮(確保)義務と言われるものです。
地震や津波、台風などの自然災害が発生し、この安全配慮義務違反によって被保護者が死傷した場合、損害賠償責任の問題が生じてきます。
東日本大震災以前はこの損害賠償請求に関する裁判例はあまり見られませんでしたが、東日本大震災の津波被災では、日中の発生でもあり、学校や幼稚園、会社等で多くの人が津波によって被災し、遺族から債務不履行(安全配慮義務違反)あるいは不法行為責任に基づく損害賠償請求訴訟や国家賠償請求訴訟が提起されました。
特に児童74名、教職員10名が津波にのみ込まれて死亡した大川小学校事件では、教職員の避難誘導のあり方が問題となり、「この被害は人災である」と非難され、事実裁判では学校運営者側の組織的過失が認定されました。
この東日本大震災の訴訟提起を契機として、その後の自然災害でも安全配慮義務違反あるいは不法行為責任を問う裁判が提起されるようになりました。高齢者福祉施設でも自然災害によって死傷者が出た事例は数多くあり、中でも平成28年8月、台風10号による河川氾濫により入所者9名が犠牲となった岩手県内のグループホームでは、遺族から損害賠償請求訴訟が提起されました(和解が成立)。
このように自然災害でも犠牲者が出れば事業者側の責任が追及される傾向にあり、今後、命を預かる者としては、災害対応に真剣に取り組むことが求められてきます。
予見可能性が問われた東日本大震災
平成7年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生しました。M7.3の直下型の地震で、建物・建造物の倒壊、ライフラインの断絶、広域火災、地盤の液状化等まさに都市型の災害が発生し、それに真冬の早朝の発生でしたから、死者の8割以上が木造住宅などの倒壊による圧死や窒息死でした。
この地震は東日本大震災と並ぶ大規模災害ですが、この震災は予想することが困難な災害でしたから、震災後、決壊したマンションの設置・構造の瑕疵を巡る損害賠償請求訴訟等は提起されましたが、安全配慮義務違反を争う訴訟はありませんでした。
しかし、平成23年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災の場合は、M9.0という現代社会が遭遇したことがない大地震でしたが、地震による直接的な被害というよりも、津波によって被害がもたらされたものであり、これが阪神・淡路大震災と大きく異なる点でした。
津波による被災の場合は、地震発生から津波が沿岸部や内陸部に到達するまで時間差がありますから、この震災の損害賠償請求訴訟では、地震発生後から被災するまでの間に津波が到達する具体的な危険性を予見することが可能であったかのかどうかが争点となりました。
今回の東日本大震災では、専門家もこのような津波被災を予測しておらず、被災した施設はハザードマップでは浸水想定区域外であり、しかも地震によってライフラインが途絶し、ラジオやテレビが停電になって視聴できない中で、果たして津波が到達する危険性を予見できたのかどうかが注意義務認定の中心でした。
個別の事案によって判断も分かれています。いくつかの訴訟が提起された中で、賠償責任が認められた宮城県石巻市私立幼稚園に対する損害培養請求訴訟をみてみたいと思います。
この幼稚園は、標高23mの高台に位置していました。事案の概要としては、地震発生後、園児を2台のバスに分乗させて出発しましたが、うち1台はバスのラジオ放送で大津波警報が発令されたことを聞き、危険を感じて幼稚園に引き返しましたが、もう1台はそのまま海岸方向に向かっていきました。
このバスのルートは海岸から200mから600mの範囲内で標高0ないし3mの低地帯でした。途中園児を保護者に引き渡し、その際保護者から「みんな避難したから門脇小学校に行った方がいい。」と言われ、一旦同小学校に向かいました。そしてそこで幼稚園に戻るよう指示を受け、幼稚園に向かっている途中に渋滞に巻き込まれ、そこに津波の襲来を受け、車内にいた園児5名と添乗員1名が死亡したというものです。
幼稚園側は、「地震学者もM9.0という巨大地震の発生を予想していなかったから、園長には予見可能性がなく、また市街地を約7mもの津波が襲うことなど予見できるものではなく、園長には何らの注意義務違反もない。」と主張しました。
また情報収集についても、地震後に停電となりラジオを聞くこともできず、職員らが所持していた携帯電話にはワンセグ機能がついていたが、勤務中には携帯電話を手元に置くことをしていなかったため、保護者や園児の対応に追われ、情報を確認する余裕はなかった。」と主張しました。
これに対し裁判所は、まず幼稚園の義務について「法人の履行補助者である園長及び教職員らは、園児らの信頼に応えて、園児らの安全に係る自然災害等の情報を収集し、災害発生の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて被害の発生を未然に防止し、危険を回避する最善の措置を執り、在園中又は送迎中の園児を保護すべき注意義務を負う。」と判示しています。
そして予見義務については、「予見可能性の対象はM9.0の巨大地震の発生ではなく、バスの走行ルートが津波に襲われる予見可能性で足りる。約3分間も続いた揺れを現実に体感したのだから、バスを海沿いの低地帯に向けて走行させれば、その途中で津波の危険性があることを考慮し、ラジオ放送でどこが震源地で、津波警報が発令されているかどうかの情報を積極的に収集し、防災無線の放送内容にもよく耳を傾けてその内容を正確に把握するべき注意義務があった。そうであるのに、津波の発生を心配しようともせず、標高0ないし3m程度の低地帯に向けてバスを発車させたのであるから、園長には情報収集義務の懈怠があった。」と過失を認定しました。
要するに裁判所は、M9.0という巨大地震が発生することは予想できない、しかしあれだけの大きな地震を体感すれば、誰もが震源地はどこだろうと思うし、沖合であれば津波を心配するのは当然であり、そのために報道される内容を聞こうとしたり、防災無線を聞こうとするのは当たり前で、幼い園児を預かる者としてその心配もせずに低地に向けてバスを走らせたのは軽率だったということを指摘したのだと思います。
これからの予見可能性
東日本大震災は、「1,000年に一度の災害」と言われ、未曽有の災害をもたらしました。ライフラインが途絶し、情報手段が限られた中で沿岸部から相当離れた個所に津波が到達することを予見することは困難だったとも思われます。
被災された方は「まさかここまで来るとは・・・」と思った方も多かったはずです。私たちは、テレビモニターで津波の映像を何回も見て、相当内陸部まで広範囲に遡上することがわかりました。
今後、南海トラフ地震の発生が予測されていますが、この地震が発生したとしても、地震後に30分から1時間後位にやってくる津波の予見可能性がなかったとは言えないことになってきます。
ましてや集中豪雨や台風等の風水害については、前もって気象予報が発表されるほか、防災無線でも逐一広報され、その情報入手方法も多岐にわたっていますので、予見可能性はより高まってきます。
そうすると、これからの自然災害については、突発的な地震の発生は別として、災害に対する予見可能性が争点になるのではなく、結果回避可能性が争点に移っていくものと思われます。
避難弱者を預かる者の責任
園児や児童、そして障害者や高齢者といった避難弱者は、自らの生命身体の安全を人に委ねるしか手立てがありませんから、避難弱者を預かる幼稚園や保育所、障害者施設や高齢者施設、病院等では通常人よりも高度な注意義務が課せられていると解釈されています。
それぞれの施設の管理者や職員、教諭、保育士、介護士等には避難させるべきか、留めるべきか、避難させるとして垂直避難か立ち退き避難か、その判断が強く求められます。そしてその判断を下すために、どのような手段で、どのような情報を入手するのか、何をもって避難の決断をするのか、難しい局面に立たされることがあると思います。
近年、福祉施設において水害により犠牲者が出た事例を挙げてみます。
・平成10年8月末、知的障害者施設の裏山で発生した土石流が施設を直撃し、死者5名、負傷者1名が被災したもの
・平成21年7月、山口県防府市の特別養護老人ホームにおいて、河川の氾濫により土石流が施設に押し寄せ、7名が死亡したもの
・平成22年10月、鹿児島県奄美市の高齢者グループホームにおいて、河川の氾濫により施設が浸水し、逃げ遅れた入所者2名が死亡したもの
・平成28年8月、岩手県岩泉町の高齢者グループホームにおいて、河川の氾濫し、その氾濫水が施設に押し寄せ、入所者9名が死亡したもの
・本年7月、熊本県球磨村にある特別養護老人ホームにおいて、球磨川支流の氾濫により、その氾濫水が施設に押し寄せ、14名の入所者が死亡したもの
このように高齢者施設で水害によって犠牲者が出る事例が続いています。平成28年8月の岩手県のグループホームの事例では、施設管理者は避難準備情報が発令されているのを聞いていましたが、その意味を知らなかったことが問題にもなりました。
そのため、用語がわかりにくいという指摘があり、それまでの「避難準備情報」が「避難準備・高齢者等避難開始情報」に改められ、さらに警戒レベルも5段階の数字で表示され、よりわかりやすくなりました。
最近の自然災害の多発により防災についての関心が高まってきています。しかし、なぜ悲劇が繰り返されるのでしょうか。気象庁も災害に関する情報をこまめに発表し、市町村長も避難行動を呼びかけているにも関わらず、避難弱者を抱える施設で犠牲者が出ているのはなぜでしょうか。
高齢者施設のマニュアルには、避難するタイミングとして「避難準備・高齢者等避難開始情報」を一応の目安としているのでしょうが、現実では避難行動を開始するのを躊躇しているのが実情だと思います。当然、施設の規模、入所者の居住区画等から避難の必要がない施設もあります。
しかし、施設が河川の近くや山間部に立地している場合、立ち退き避難や垂直避難を選択しなければならない場合が出てきます。先の水害事例では、河川の水位が一気に上がることを想定していなかったこと、そもそも管理者自身が「これまで川が氾濫したことがないから大丈夫だろう。」という甘い心理が働いたのが原因だと思われます。
球磨村の被災した施設にしても、救助に当たった関係者から聴取したところ、水が1階に流れ込み、そして一気に水かさが増して足がつかなくなってしまい、自分の命さえ危なかったと述べています。このような状態になれば、救助活動もおぼつかなくなります。
この集中豪雨に対する球磨村の対応については、前日の7月3日午後5時に「避難準備・高齢者等避難開始情報」を発令し、同日午後10時20分には「避難勧告」を発令、翌4日午前3時30分には「避難指示」を発令しています。そして気象庁は同日午前4時50分に大雨特別警報を発表しました。
この施設は「浸水想定区域」に入っていましたが、施設が垂直避難を開始したのは大雨特別警報発表後です。入所者約70名は1階に入居していたことから、全員を避難させるには相当な時間を要します。その途中で水害に襲われていますので、避難行動を早く開始していれば、全員助かった可能性があります。
なぜ被害が繰り返されるのか。それは過去の災害を他人事と捉え、教訓として学ぼうとしないこと、それに管理者の認識の甘さにも原因があるのだろうと思います。
入所高齢者の中には寝たきりであったり、車イスが必要だったり、自力歩行ができない高齢者も多いと思います。移動そのものが負担となる高齢者もいるかもしれません。介助員が不足している中で、現実に避難を開始するとなれば職員にも相当の負担がかかり、そこに避難行動を躊躇する気持ちが芽生えるのも自然なことかもしれません。
しかし、尊い命を失うことは取り返しのつかないことになります。悔やんでも悔やみきれないことになってしまいます。それに犠牲者を出し、遺族から訴訟を提起された場合、敗訴したら莫大な損害賠償を背負い、廃業に追い込まれることにも繋がります。
いくら立派なマニュアルをつくってもそれを実行する側に問題があれば、人の命は救えません。ですから管理者に求められることは、自身の判断が利用者や職員の命に直結しているのだという意識を持つこと、そして迷ったら行動を起こす勇気を持つことです。