• 主に長崎県、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

介護事故と施設の法的責任

介護事故と法的責任

介護事故が発生した場合、民事上の責任、刑事上の責任、行政上の責任を問われることがあります。

民事上の責任としては、債務不履行責任、不法行為責任があります。介護サービスを契約した事業者には、本来の介護サービス提供義務のほかに不随義務として利用者の生命・身体・安全に配慮する義務が生じてきます。このような義務を安全配慮義務といいます。民法415条は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者はこれによって生じた損害を請求することができる」と債務不履行責任を規定しています。

利用者と直接契約関係にあるのは事業者ですので、施設長や個々の職員等と利用者の間には契約関係がありません。しかし、施設長や職員等は事業者の履行補助者と評価されますので、事業者は履行補助者の過失に対しても債務不履行の責任を負うとされています。

契約関係になくても、故意又は過失によって被害者に損害を与えた場合には損害賠償の責任を負います。民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と不法行為責任を規定しています。

不法行為の特則として、使用者責任(民法715条)があります。これは事業のために他人(被用者)を使用している者(使用者)は、被用者が行った加害行為について被用者とともに責任を負うというものです。しかし、使用者が被用者の選任・監督を怠らなかったことが明らかな場合には責任を免れることになります。

刑事上の責任とは、行為者に対して刑事罰を与えることです。刑罰の基本は故意犯処罰が基本原則ですが、生命・身体に関しては故意がある場合にだけ処罰するというのであれば利益保護の観点から充分ではありませんので、過失犯も処罰の対象としています。

刑法211条1項には、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁固又は100万円以下の罰金に処する」と規定しています。いわゆる業務上過失致死傷罪です。これは個人を処罰対象とするもので、法人には適用されません。しかし、法人の代表取締役や施設長等、行為者を管理・監督すべき地位にある人には、監督責任が追及されることがあります。

行政上の責任としては、介護事業者の指定を受けた者は都道府県知事又は市町村長の監督に服することになりますので、一定の事由がある場合には行政処分や不利益な取り扱いを受けることがあります。介護事故においても法令の基準を満たしていない場合には「指定の取り消し」等の処分が行われる可能性があります。

介護事故と安全配慮義務違反

介護事故が発生すれば、事業者の安全配慮義務違反によって死亡した(負傷した)として訴訟に発展することがあります。今回は、この安全配慮義務違反について考えてみたいと思います。

介護事故で多いのは転倒事故と誤嚥事故です。この事故の裁判例は数多くあります。当然、事業所の安全配慮義務違反が認められたものもあるし、否定されたものもあります。

安全配慮義務違反で問われるのは、過失の有無です。過失とは、不注意によって結果を発生させることです。不注意とは注意すべきであったのにそれを怠ることを意味します。つまり、注意すべき義務があり、それに違反したことが過失があるということです。

過失では、結果(利益侵害)を予見できたのか、さらに結果を予見できたとして結果を避けることができたのかが問題となります。要するに過失の注意義務は、結果を予見する義務と、その予見に基づいて結果を回避する義務から成り立っているということです。

※予見可能性

結果を予見する義務については、結果が生じることを予見すべきであったのに、それを怠ったために結果を生じさせた場合に問題になります。結果を予見することが不可能であるときは、結果を予見する義務に違反したことにはなりません。予見義務に違反したと判断できるためには、結果を予見できたこと、つまり予見可能性が必要になるということです。

※結果回避可能性

結果回避義務についても、結果を回避することができたこと、つまり結果回避可能性が必要です。この結果回避可能性がなければ結果回避義務違反は認められず、過失は成立しないということになります。

安全配慮義務違反の有無が争われた誤嚥事故事例をみてみましょう。施設に入所していた当時86歳のパーキンソン病にり患していた高齢者Xが刺身を誤嚥して窒息し、心肺停止状態となり意識不明のまま4か月後に死亡した事案です。

原告は、刺身の常食提供は介護契約上の安全配慮義務に違反すると主張、被告は刺身を常食で提供したことに過失はないと反論しました。それぞれの主な主張は、原告は「Xに嚥下障害があり、自宅ではペースト状の食事であったことは施設に伝えていた。事故前は特に身体機能が低下していた。」というものであり、被告は「常食の希望はXの強い希望であった。常食の提供はQOLの確保、リハビリにも資する。Xの摂食状態は良好であった。」というものでした。

裁判所は、「Xは食事するときにむせるという医師の指摘がある。家族は『全粥きざみ食』の提供を希望している。施設サービス計画書に『嚥下能力低下、嚥下障害あり、食事にムセがある、誤嚥の危険性が高い』との記載がある。事故前の食事は全粥、ペースト状の副食であった。認定調査票、ケアチェック表にも同様の記載がある。医師、介護士のサービス担当者会議で『誤嚥注意』との発言あり。事故前の食事時にひどくむせていた。」ことを捉え、Xが刺身を誤嚥する可能性が高いことを十分予想しえたのに、刺身の常食を提供したことは、誤嚥等の事故を防止する安全配慮義務違反にあたると判示しています。

介護サービスは、利用者の自立を促し、そして人としての尊厳を図りながら提供されるものです。安全配慮義務は、利用者の生命・身体に及ぼす危険性がある場合、その危険性を防ぐためにとった制限の程度とその制限によって犠牲となった利益とのバランスの中で検討されるものです。

先の事例では、裁判所から誤嚥する可能性が高いことを十分予想しえたと指摘されているように、注意義務が不足していたようです。担当者会議も開かれ、誤嚥に注意することも発言も出ています。組織として事前の十分な検討を行っていれば、誤嚥する可能性を予見できたと思います。

そして、誤嚥は窒息死に繋がりますから法益侵害の高いものです。そうであれば、いくら利用者の強い要望があり、リハビリに資する利益があったとしても常食をそのまま提供するのではなく、提供を中止するか若しくは調理方法を工夫するなど、その利益を制限しても致し方ないことになります。

しっかりしたリスク管理を

介護保険制度によって事業者と利用者・家族との直接契約となり、そのため家族には利用者の身の回りの安全も守ってもらえるという意識が高まりました。介護事故が発生すれば、事業者の法的責任を問う事案が増加してきたのも、権利意識が高まっている証だと思います。

施設を利用している高齢者は、身体機能や認知機能が低下しており、しかも日に日に増悪していくため、事故のリスクが高まっていきます。嚥下機能、咀嚼機能が低下すれば誤嚥に直結するし、転倒すれば骨折、頭部打撲による脳挫傷などの重大事故にも発展します。

私事ですが、2年前に他界した母は、それまで特別養護老人ホームに5年間入所していました。パーキンソン病を患い、最後の1年間は筋力機能、嚥下能力が日に日に低下していきました。入所した当初は歩行も可能でしたが、それから車イスとなり、最後は寝たきりの状態になりました。最期は認知症が極端に進み、私のことが区別できなくなりました。

施設の方には、そのときどきの母の状態に応じたケアを行っていただきました。母が変化していく度に連絡をいただき、私の要望も聞いていただきました。パーキンソン病が最後の段階になると嚥下もできなくなり、そこで私は自然の成り行きに任せることを選択をし、胃ろうを断りました。

母の入所を通じて感じたことは、この施設は医師や看護師、介護スタッフ間の連携がよくとれているなということです。母の変化をよく熟知しており、その情報もよく共有されているなと感じました。家族はそんなところに安心感を覚えることがあります。

前置きが長くなりましたが、本題に戻ります。利用者の安全な生活は介護サービスの基礎といってもいいでしょう。介護現場には転倒事故や誤嚥事故、それに感染症や食中毒などのリスクが常に孕んでいます。そんな中で利用者の自立や生活の質の向上を目指していかなければなりません。

これらのことを考えると、リスクメネージメントが如何に大事であるかがわかると思います。とりもなおさず、発生するリスクを如何に予見し、予防と自立・QOLのバランスの中で如何に事故を防いでいくか、事業者にはこれが求められます。

リスクマネージメントの中で大切にしていただきたいのは、「気づき」です。一人ひとりの気づきを組織として俎上に載せることです。利用者の変化に誰かが気づいたら、情報共有することです。それが予見義務の出発点になるからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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