電子計算機使用使用詐欺罪での逮捕
山口県阿武町から24歳の男の口座に4630万円が誤って振り込まれ、それが全額海外のインターネットカジノに費消されたとする問題で、5月18日、山口県警はその男を電子計算機使用詐欺罪で逮捕しました。
この問題では、大切な公金を誤って振り込んだ町側にも責めはあるとは思いますが、誤振込と知りながら、それを別口座に移動させ、それを全額ギャンブルにつぎ込んだとなれば、男の行為は到底許されるものではありません。
町は男に対して不当利得返還請求の民事訴訟を提起していますが、私は警察OBとして、県警がこの事件をどう扱うのかが気がかりでした。
電子計算機使用詐欺罪と言われてもピンとこない方が多いのではないでしょうか。この罪名は1987年(昭和62年)に新設されたものです。
1980年代から各企業でコンピューターが使われ出すと、1981年(昭和56年)、当時三和銀行(現・三菱UFJ銀行)茨木支店の女性行員が、同支店のオンライン端末から同銀行4支店に開設した架空名義の口座に合計金額1億3000万円を入金し、詐取した事件が発生しました。
詐欺罪は、犯人が相手を騙し、錯誤に陥った相手から財物の交付を受けるという犯罪です。この事件では、犯人が同銀行本店(東京)に赴き、実際に入金があったかのように装い、現金の交付を受けたとして詐欺罪が適用されたのですが、犯人がオンライン端末を不正に操作し、架空口座に入金させた行為については詐欺罪を適用することが困難でした。
つまり、ネットバンキングのように人が介在しないシステムで振り込みや引き落としをするような行為は、騙される者がいないために詐欺罪を適用することができなかったのです。
そして、この事件を契機としてコンピューターを悪用する犯罪が増えていったため、法改正が行われ、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)が新設されたというわけです。
この罪では、事務処理に使われているコンピューターに、虚偽の情報を入力し、財産権の移動などを記録しているデータベースを変更し、コンピューターによる自動処理によって不正に財産的利益を得たような場合に成立します。
今回の事件では、男がスマホを操作し、自己の口座から決済代行業者(デビット決済~即座に引き落とされる)の口座に振り替え、利益を得たという構図になります。
男は数社の口座に何回も入金しているようですが、逮捕事実はその中で証拠が揃っている一つの入金を捉えて犯罪事実を立てたものと思います。そして、県警としては今後もそれぞれの入金ごとに立件(再逮捕)していくのではないかと推測されます。
なんとも不可解
町職員は誤振込みした当日(4月8日)から男に事情を説明し、返還を要請したところ、一旦は男もそれに応じる意思を示したものの、その後「お金は動かした。もう戻せない」と言って返還を拒否した上、別口座への入金を繰り返しています。
通常、犯罪は密かに敢行すものです。それは捕まりたくないという人間の心理があるからです。ところが、この男は行政庁を相手に大胆不敵というか、開き直る行動をとっています。
使途についても「海外のインターネットカジノで全部使った」と話しています。ネットカジノがどういうものかわかりませんが、賭博行為だと言えるでしょう。
もし、この男に借金があり、返済を迫られていたとか、金に窮していたとか、何かの資金が入用だったとか、追い詰められているような状況があり、その動機になるほどと思われるところがあるならば、返還要求に応じなかったということもわからないわけでもありません。
それがネットカジノをしたかったというだけの動機だとするならば、あまりにも不可解で、なめきっているとしかいいようがありません。
それに男は町が進めていた空き家対策に応募して移り住んだということです。そうであるならば、町からも恩恵を受けているはずです。それにもかかわらず、開き直って返還に応じなかったことは非道であり、大いに非難されるべきです。
今後、県警としては使途を特定し、金の流れを解明する捜査をしていくものと思いますが、海外のカジノであれば、金の流れの解明や被害金の回収に困難をきたすことが予測されます。
民事訴訟でも男に財産がなければ回収できないし、それに男が少しづつでも返済していきたいと話したようですが、それは将来のことであるし、どうなるかもわかりません。
この給付金は困窮世帯に対する臨時特別給付金で、事件前に既に振込手続きは終了していましたから、町としては二重に振り込んだ形になります。ですから小さな町である阿武町にとっては大きな痛手だったろうと思います。
1996年(平成8年)4月26日、最高裁は誤って振込まれた場合であっても、受取人には有効な預金債権が成立していると判示しました。
つまり、誤って振り込まれたものであっても、それはそれで一旦は正当なものとして扱い、後で当事者同士で「組戻し」(銀行間でのリセット)や「不当利得返還請求」で事後的な救済手段を使って是正しなさいとしたものです。
誤振込み金が口座名義人にとって有効な預金債権になるというのもおかしな話ですが、事後的な救済手段でも回収できないこともあるわけですから、今回の事件で思うことは、誤振込み金については、誤入金した側の申請により、口座の凍結ができるような仕組みも必要ではないかと思います。