• 主に長崎、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

「不易流行」についてどう考える?

不易流行とは

皆さんは、「不易流行」という言葉は聞いたことがあるでしょうか?「不易流行」とは俳聖・松尾芭蕉が唱えた俳諧の理念の一つですが、現代でもいろんな場面でこの言葉の持つ意味が論じられています。

芭蕉の書物「去来抄」には、不易流行について、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」と書かれています。

要するに、「良い俳句をつくりたいならば、まずは普遍的な俳句の基礎をしっかりと学ぶこと。しかし、時代の変化に合ったものを求めないと、陳腐なものにしかならないよ。」ということです。

「不易」とは変えてはいけないもの、これは時を超えても不変の真理であることを指しています。「流行」とは時代の変化に応じて変えなければならないもの、これは変化への適応力を指しています。この一見矛盾したものをうまく融合しないと良いものができないということです。

今の激動の時代で「不易」と「流行」を考えたとき、確かに世の中は「流行」の波に乗って動いているように思いますが、日本の歴史や文化、日本人が持つ情緒や観念を「不易」と捉えた場合、私にはそれが忘れ去られているような気がしてならないのです。

流行ばかり追いかけていないか

社会のグローバル化によって外国からいろいろなものが日本に入ってきて、世の中が多様化しています。物事の考え方だったり、文化だったり、衣・食・住だったり、多種多様の外国産で溢れています。

例えば、外国の祭りである「ハロウィン」とか「カーニバル」などは日本社会に定着しました。この様子が報道されると、あたかも外国にいるような気さえするときがあります。

言葉もカタカナ(外国語)の言葉が氾濫しています。その言葉を使えばカッコいいと思っているのかわかりませんが、政治家や文化人も普通に使っています。私はわからない言葉を聞くと、その度にその言葉の意味を調べています。高齢の方がよく嘆いているのを耳にしますが、その気持ちはよくわかります。

これが時代の流れであり、この変化に対応できないと取り残されていくような雰囲気があるようです。しかし、多種多様な社会と言っても、決して相手の真似をすることではないはずです。お互いがお互いの世界観や文化を重んじることこそ大事なのではないでしょうか。

日本には古来から脈々と流れている独特の文化、風習があります。外国にはない良き伝統があります。日本人が持つきめ細かな人生観や生活をしていく上での知恵から生まれたものばかりです。ところが、伝統行事の中には消え去ろうとしているものがあります。

今では多くの外国人が日本文化に興味を持ち、その文化の一端に触れようと来日する人が急増しています。ところが日本人が日本文化に目を向けず、外国産に傾斜しているような感さえあります。逆の現象が起こっています。

外国文化や風習を否定するつもりは一切ありません。ハロウィンで人の家を訪れるなら、「桃の節句」のときにもごちそうが詰まった重箱をもって訪れてもらいたいものです。「不易」と「流行」を考えた場合、あまりにも流行ばかりを追いかけているように感じるのです。

日本文化としての不易を重んじる

社会生活の中で、何が「不易」で何が「流行」かを見極めることは大切なことです。変えてはいけないところを変えたり、逆に変えなければいけないところを変えずにいることがないでしょうか。

「流行」については、時代の流れに合わせて変化させていく必要があります。特に企業経営の場合、時代のニーズに合わせ、それに合うことをしなければ時代に置いて行かれてしまいます。いつまでも古いやり方では通用しなくなるのです。

しかし、こと日本文化・伝統に関して言えば、その誇りや美意識について日本人の中に本来備わっているべきもの、日本人としての本質的なものであり、これはいつまで持ち続けるべきだと思っています。

安易に外国産に飛びつくのではなく、日本の言葉や伝統、日本人が持つ和の精神、感性を守る意識を持つことが大切だと思うし、そういう日本人こそ逆に外国人から尊敬されるのだと思っています。

 

 

 

 

 

 

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