• 主に長崎、佐賀県を中心に元刑事のキャリアを活かし行政書士&災害危機管理に取り組んでいます。

「喉元過ぎれば」がはびこる現実

今年の災害

毎年、全国各地で自然災害が発生し、その度に多くの犠牲者が出ています。災害に向き合うことは、もはや私たちの宿命です。

今年9月までの主な災害を挙げれば、何と言っても7月の集中豪雨ではないでしょうか。この豪雨は、7月3日に九州に線状降水帯が発生し、それが局地的に猛烈な雨をもたらしました。

7月4日には熊本県と鹿児島県に大雨特別警報が発令され、この豪雨により球磨川が氾濫、特別養護老人ホームの入所者をはじめとして、多くの犠牲者が出ました。

7月5日から7日にかけ、福岡県、佐賀県、長崎県でも大雨特別警報が発令され、わが街大村市でも河川の氾濫、崖崩れ等が発生し、土砂災害、浸水災害がありました。

その後、7月8日には岐阜県、長野県でも大雨特別警報が発令され、木曽川水系飛騨川などが氾濫し、土砂災害が発生しました。7月13日から14日にかけ、中国地方でも大雨特別警報が発令され、島根県江の川が氾濫、広島県でも土砂災害が発生しました。

気象庁も連日、最大級の警戒を呼びかけました。球磨川のような1級河川が氾濫し、建物を呑み込む映像を見ると、さすがに自然の脅威を感じずにはいられませんでした。

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」

この豪雨災害があったときは、国民も災害に対する関心が高く、防災に対する意識も高まっていました。マスメディアも一定期間災害を取り上げ、被災の教訓を生かした対策や備えの重要性を力説していました。

ところが、時が過ぎていくと豪雨災害が話題に上らなくなっていきました。新型コロナウイルスに関しては現在進行形ですから、折りに触れ話題に上りますが、この自然災害は忘れ去られたかのようです。

まさしく「喉元過ぎれば熱さ忘れる」です。時が過ぎると、せっかく検討した災害対策が頓挫したり、実行されずにいることが往々にしてあります。

人は目の前のことには関心がありますが、過ぎ去ったことや身に降りかからなかったことに対しては忘れ去る現実があります。

このような姿勢が被害を生む

しかし、こと災害に関してはこのように「喉元過ぎれば・・・」では失格です。東日本大震災の津波被害によって犠牲者を出し、民事訴訟を提起された事業所は数多くあります。敗訴した裁判例を見ると、殆どが災害を他人事と見て準備を怠っていたことが挙げられています。

災害が発生した当時は関心を持っていたのに、時が過ぎて忘れ去るのは他人事だと思っているからです。被災してはじめて事の重要性を思い知る経営者が多いのです。

7月の集中豪雨によって犠牲者が出た特別養護老人ホームでは、未明から朝方にかけて瞬く間に水嵩が増し、入所者の避難に適応できませんでした。弱者を抱える施設経営者の皆さんは、この被災状況を見て何故早くに避難の判断をしなかったのかと思う方も多かったと思います。しかし、思っただけで思考がそこで止まっていなかったでしょうか。

自分に置き換えて考えたことがあったでしょうか。何をもって危険の判断するのか、どの時点で避難の判断をするのか、避難体制はどうするのか・・・、自分がその立場であったらどうするべきか、こんなことを真剣に考えたでしょうか。

自然災害は毎年発生しています。それが、いつ・どこで発生するかわかりません。危機管理は関心が薄れた云々という問題ではないのです。前例から学ぶべき災害対策はたくさんあります。「喉元過ぎれば・・・」ではなく、咀嚼することが必要です。

 

 

 

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